痙性、はっきりとはわかっていないのですね。よくは解っていないのですが現在は4野(一次運動野)の損傷では弛緩性麻痺となり、6野(高次運動野)の損傷では痙性が生じると言われているようです。
臨床的には基底核損傷や視床損傷でも痙性が起きているように思いますが、これは6野がらみの基底核ループの損傷という見方もできそうです。
痙性の特徴としては、ウィキペディア「痙縮」の項にこう書いてあります。
「痙縮(けいしゅく、英:spasticity)は、相動性伸張反射の増強を主体とする筋緊張が亢進した状態のこと。痙性・痙攣・攣縮・痙直などとも呼ぶ。
筋相動性伸張反射亢進であるも、固縮とは違い、筋の持続的伸張を加えると、はじめは伸張反射が起こって抵抗が強いものの、だんだん弱くなり、錐体路障害の徴候である折り畳みナイフ現象を引き起こす。腱反射亢進が認められ、クローヌスもみられる。クローヌスにより筋が強く持続的に伸張すると、筋収縮が起こり、弛緩して再び収縮、繰り返すことで、痙縮で伸張反射が相性に強く起こるのでゴルジ腱受容器による抑制が働き筋弛緩が起こって、繰り返されると考えられている。屈筋または伸筋のどちらか一方が障害される。」
相同性伸長反射の亢進を主体とするということは、持続性筋収縮による筋緊張の亢進も含んでいると考えていいのでしょう。
色々調べてみると、定義については人によっていうことが少しずつ異なっているようですが、これは脳卒中リハビリテーション医療では珍しいことではありません。人の脳と体のことは結局よく解っていないのでしょう。原因も明確では無いので、現象も研究者によって色々表現できるものなのでしょう。
さて、それでも原因ってなんだろうと思うわけです。
ですから以下は推測です。
筋緊張の成り立ちを考えると、
1)主に一次運動野からのα運動ニューロンの興奮性が神経筋接合部にてAchにより筋収縮が起きる。
2)筋紡錘内γ運動ニューロンの興奮性により筋紡錘の興奮性が制御され、筋紡錘内の感覚繊維の興奮性がα運動ニューロンの興奮性を制御する。
3)中枢神経系からのγ運動ニューロン制御。特に脳幹網様体脊髄路や、おそらく皮質から脊髄に下降し介在細胞に接続する経路の関与。
4)腱紡錘による1b抑制メカニズムの関与。
5)特に下肢、足部においては皮膚刺激によるReflex reversalのメカニズムの関与。
6)筋の局所循環による筋繊維細胞への影響(局所循環障害による架橋性短縮など)
7)筋周囲の軟部組織、Fasciaなどの粘弾性と筋繊維収縮力の筋膜への伝達
8)姿勢による筋の起始停止の変化と、それによる筋の長さの変化
など、これぐらいが筋緊張を成立させている要素なのでは無いかと思います。
パッと思いつく範囲ですけれど。
では、4野の損傷では弛緩麻痺が起きるにもかかわらず、6野もしくは6野関連の損傷で痙性が出現するとなると、4野と6野の下降路で最も異なるところは何かという話になってくるのだろうと思うのです。
4野は直接脊髄前核細胞に接続する外側皮質脊髄路を形成していますが、6野から脊髄の投射は脊髄介在細胞群に接続しています。また、6野は基底核に投射して基底核ループを形成していて、基底核は脚橋被蓋核に投射しています。さらに6野は橋網様体に投射して皮質橋路ー橋網様体脊髄路を駆動し、姿勢制御に関わっていることも知られています。
網様体脊髄路は、γ運動ニューロンを介して姿勢筋緊張に関わっていることが知られていますので、6野(関連)の損傷が網様体脊髄路に対して何を起こしているのかということが気になりますよね。
ひとつには基底核ループに関わっているので、基底核で行為や運動を選択する能力が影響を受けるのと同時に、基底核から脚橋被蓋核(PPN)への投射も影響を受けるので、網様体ではAchが減少することが推測できます。すると、5-HT(縫線核群)などのモノアミン系が優位になりますので、γ運動ニューロンの興奮性が亢進するのではないかと考えることができると思います。
また、Achの減少によって、網様体では興奮性網様体路が優位になるわけですが、脊髄においては抑制性介在細胞と皮膚反射介在細胞が相互抑制的な働きを持っているので、ここでも皮膚反射介在細胞が優位になることになります。
すると接触刺激に対して伸展優位の共収縮が起きることになりますので、特に荷重のかかる下肢では伸展優位の高緊張を呈することが予測されるわけです。
(自分で図を作ったくせにちょっと図がおかしい気がしますが、まぁ、大筋とは関係ないのでそのままにしておきます。(^^;)
さて、脳幹網様体の機能が促通性網様体脊髄路優位になることで、γ系が優位になってしまうのですが、α系はどうかと言えば、外側皮質脊髄路が残っているので、出力は起きます。しかし、高次運動野基底核ループの損傷によって、選択的な活動を選択したり、不要な運動を抑制したりするメカニズムが壊れているわけですので、運動野に送られる運動出力情報は選択性の乏しいものになる訳です。臨床的には連合反応と呼ばれる状態です。
思い通りに動かないため、動きやすいところで代償することも見受けられます。手を上げようとして体幹を側屈させていたりといった運動出力ですね。
で、それらの運動がおおむねγ系優位の出力となってしまう訳ですね。多分。
すると、働かない筋はずっと働かない、働く筋は収縮が持続しやすいといった特徴につながっていくことになるのではないかと思います。持続すれば中枢神経系はその動き方に適応していきますので、異常な相反神経支配関係は学習されていくといえるでしょう。(あくまで、私の臨床的な経験からくる現在の結論ですよ。)
そして、筋は動かないにしても、持続する筋収縮を起こしているにしても局所循環障害につながっていきます。
それは筋肉を包む筋内膜・筋周膜・筋外膜や、筋周膜内にある筋紡錘、膜が腱に移行していく移行部にあるGTOなどの構造を考えれば表在感覚のみならず固有受容感覚にも影響を与えているはずです。
中枢神経系も損傷によって感覚入力や感覚情報処理、感覚情報ー運動情報変換などの情報処理に問題が起きるのですが、末梢においても感覚がうまく入力できなくなる訳です。しかも、コアスタビリティー身体図式関連も問題を抱えているので、多彩な姿勢制御が困難となっていて、感覚入力自体もステレオタイプなものになってしまいます。
泣きっ面にハチですね。
基底核は多くの情報を基底核ループの中で多くの情報を抑制して必要な情報に絞り込むような働きがある訳です。多くの情報がないと基底核ループは正しく働くことは難しそうですよね。
感覚入力がうまくいかないので、感覚情報処理もより難しくなります。だって、基底核は多くの感覚情報から必要な感覚情報を選択して身体図式に関与しているものと考えられますし、その図式を元にして多彩な運動出力情報への変換が可能になるはずですから、運動出力情報もステレオタイプなもので、基底核に多彩にたくさんの情報を送ることができません。基底核ループの働きが不十分なものになれば基底核は脚橋被蓋核を駆動させることがより難しくなります。
痙性は増強していくことになりますよね。
痙性を根本的に減弱させるには、脚橋被蓋核がAchを沢山放出するため、基底核ループがきちっと駆動して脳幹への投射を強めるように働きかける必要がありそうです。
さまざまな感覚入力が頭頂連合野基底核ループを強力に駆動させて、身体図式を多様性のあるものへと再学習させて、その情報が前頭葉に送り込んで、多彩な運動出力情報につなげて高次運動野基底核ループを駆動させて最も臥位環境に適応できる出力パターンを選択させることが、基底核ー脳幹出力を増やすための方法ではないかと。
まぁ、考える訳です。
臨床的には姿勢の安定性を基盤に分離運動を促通するということになりますでしょうか。
それが痙性を減弱させるための方法となると私は考えている訳です。
ついでですのでちょっとボトックスによる痙縮の治療と呼ばれる手法について思うことを書いておきます。
ご存知の通り、ボトックスは神経筋接合部でのAch放出を抑制します。そのことで筋出力を低下させる訳です。
う〜ん。α運動ニューロンの作用を低下させているのですね。
それは外側皮質脊髄路の最終出力先を阻害していることになります。
なんだか痙性が造られるメカニズムとは違うところの気がしませんか?(ま、私の考える痙性のメカニズムですけれど)
筋を収縮させようとしても収縮が起きないわけです。高次運動野の働きがうまくいってきても、運動出力情報と結果が異なることになりますから、運動主体感とか、身体所有感という情報処理はうまくいかなくなりますよね。
さらにもし、ボトックスが筋周膜まで浸透するとすると、筋紡錘の錘内筋も働かなくなります。感覚が混乱しそうです。
メリットとしては、筋出力が抑えられることで筋の長さを作ることができます。ですから、構造的な側面から姿勢制御上のメリットはあると言えます。だけど、「痙縮の治療」というのはどうなのでしょうね。
ボトックスによる治療というのは風邪をひいて熱が出たから解熱剤とか、肺炎を起こしたから肺炎を抑えるといった対症療法的な感じが否めないですよね。
風邪と言われたらそれを引き起こした原因を除去するとか、肺炎であればその原因が嚥下機能にあるのか感染にあるのかといったものを調べて原因の除去をしないと同じことが繰り返される訳です。
ですので、一般的にボトックスも繰り返して打つことになったりするケースが多いですよね。
まぁ、ボトックスを痙縮に対する治療というためには、やっぱり、ちょっと根拠が足りない気がします。
こういったことを言い出すと、腱延長術もそうですし、装具などで内反と尖足を抑えても同じです。
そういったことをするなとか、意味がないといっているわけではありませんよ。
必要な人には必要です。ただ、それは、それらの方法のメリットとデメリットを検討した上で、脳の情報処理がうまくいくことを目指さないのであれば、麻痺の改善(回復)とは無関係なのだと思います。
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